地方DXプロジェクトの現場実態
- 地方DXプロジェクトは経営層との距離が近い分、現場を巻き込む設計を誤ると頓挫しやすい特性がある。
- 成功するプロジェクトは、初期段階から現場のキーパーソンを味方につける進め方をしている。
- ITリテラシーの前提が首都圏企業と異なるため、説明のレベルを合わせる調整力が地方DXのPMには不可欠。
「うちの会社にDXなんて大げさなものは要らないんですけどね」——地方の製造業の経営者から、僕はこうした言葉を何度も聞いてきました。しかしその同じ経営者が、数ヶ月後には現場の業務改善に本気で取り組んでいる、というケースを何度も見てきました。
皆さま、地方企業のDXプロジェクトと聞いて、どんな進め方を想像しますか。おそらく首都圏の大企業のDXと同じイメージを持たれる方が多いかもしれません。率直に言うと、地方DXは進め方がまったく違います。
0. なぜ地方DXは「進め方」が違うのか
地方企業のDXプロジェクトが首都圏の大企業のそれと決定的に違うのは、意思決定者との距離です。中小企業が中心である地方DXでは、意思決定者が経営者自身であることが多く、稟議や多層の承認プロセスを経ずに、トップの一声でプロジェクトの方向性が決まります。これは良くも悪くも、地方DXの進め方を大きく規定する要因です。ここが今回の隠れた主役です。
1. 経営層との距離が近いことの功罪
経営者と直接話せることは、大きなメリットです。首都圏の大企業であれば何段階もの承認を経る意思決定が、地方企業では経営者の一存で即座に進みます。僕の周囲の実感で言うと、これは地方DXの推進スピードの速さに直結しています。
一方で、経営者の理解や関心の度合いがそのままプロジェクトの成否を左右するリスクもあります。経営者がDXの本質的な意味を理解しないまま「流行っているからやる」という動機で始めたプロジェクトは、現場の協力を得られずに頓挫しやすいというのが、僕がこれまで見てきた失敗パターンの典型です。
2. 現場との温度差をどう埋めるか
地方DXプロジェクトのもう一つの特徴は、現場とのITリテラシーの前提の違いです。首都圏のIT企業であれば当たり前の用語や操作感が、地方の製造・小売・介護などの現場では通じないことがあります。ここで「なぜ現場が非協力的なのか」を個人の資質の問題として片付けてしまうPMは、プロジェクトを頓挫させます。
本物の地方DXは、丁寧な説明と粘り強い巻き込みでしか進みません。これは、思っているよりずっと地道な仕事です。
2-1. 頓挫するプロジェクトの共通パターン
失敗するプロジェクトに共通するのは、経営層とだけ合意形成をして、現場のキーパーソンへの説明を後回しにすることです。導入直前になって現場に説明した結果、「聞いていない」という反発を受け、システムが定着しないまま形骸化するケースを何度も見てきました。
2-2. 定着するプロジェクトの共通パターン
逆に定着するプロジェクトは、初期段階から現場のキーパーソン、特に現場のベテラン社員を巻き込んでいます。彼らの業務知識を尊重しながら、「今までのやり方を否定するのではなく、楽にするための道具」として提示することが、現場の協力を得る鍵になります。
3. 地方DXのPMに求められるスキル
技術力そのものよりも、現場の業務プロセスを丁寧にヒアリングする力、経営層と現場の間で言葉を翻訳する力が、地方DXのPMには求められます。これは首都圏の大企業のPMとは違う筋肉の使い方です。逆に言えば、現場での実務経験がある方にとっては、この翻訳力こそが強みになり得ます。
4. 地方DX案件に関わる前にやっておくべきこと
実務パートとして、地方DX案件への転職や参画を検討している方に、事前準備を紹介します。まず、志望企業や案件先の業種特有の商習慣を最低限調べておくこと。次に、過去のDX事例で「なぜ失敗したか」を業界紙やニュース記事で確認しておくこと。そして面接では「現場のキーパーソンをどう巻き込むか」という自分なりの考えを一つ用意しておくことです。所要時間の目安は1〜2時間程度です。
5. 業種による違いを知っておく
地方DXと一括りに言っても、業種によって進め方の癖は大きく異なります。製造業であれば設備や生産ラインとの連携が絡むため技術的な検証に時間がかかりやすく、医療・介護分野であれば個人情報や規制への配慮が必要になり、意思決定のスピードが慎重になりがちです。小売や飲食であれば現場の人手不足が深刻で、システム導入よりもまず「教える人がいない」という壁にぶつかることが多いというのが僕の体感値です。
5-1. 業種特有の壁を事前に調べる
参画予定の案件がどの業種かによって、事前に調べておくべき壁の種類が変わります。業界紙やニュース記事で、その業種のDX事例における典型的な失敗パターンを調べておくと、現場に入ったときの心構えができます。
5-2. 業種を横断する共通点
一方で、業種を問わず共通しているのは、「現場のベテランを味方につけられるかどうか」がプロジェクトの成否を分けるという点です。これはどの地方DX案件にも当てはまる、最も重要な共通原則だと僕は考えています。
6. 現場の信頼を得るまでの実際のプロセス
僕がこれまで見てきた成功事例では、着任から現場の信頼を得るまでに、おおむね1〜2ヶ月程度の期間を要しています。最初の数週間は、システムの説明よりも先に、現場の業務フローを丁寧にヒアリングすることに時間を使ったPMほど、その後のプロジェクトが円滑に進んでいる印象があります。逆に、着任してすぐに理想論やシステムの機能説明から入ったPMは、現場から「よそ者が偉そうに指図してくる」という反発を受けやすい傾向がありました。
これは決して大げさな話ではなく、地方の現場ではまだ「顔を合わせて話を聞いてくれるかどうか」が信頼構築の土台になっている場面が多いというのが僕の体感値です。効率だけを追い求めるのではなく、最初の期間はあえて非効率に見える対話に時間を投じることが、結果的にプロジェクト全体を早く進める近道になります。
6-1. ヒアリングで意識すべきこと
現場ヒアリングでは、業務の手順そのものだけでなく、「なぜその手順でやっているのか」という背景まで聞くことを意識してください。長年の経験に基づく合理的な理由が隠れていることが少なくありません。
6-2. 小さな成功体験を早期に作る
大規模な変革をいきなり狙うのではなく、現場が「楽になった」と実感できる小さな改善を早期に一つ実現することが、その後の大きな変革への協力を得るための布石になります。
7. プロジェクトの規模感をどう捉えるか
地方DXプロジェクトは、首都圏の大企業のシステム刷新のような数億円規模の案件は稀で、多くは数百万円から数千万円規模のプロジェクトです。これを「小規模だから物足りない」と捉えるか、「関係者全員の顔が見える規模だからこそ、自分の判断がダイレクトに成果へつながる」と捉えるかで、地方DXへの向き不向きが見えてきます。僕の周囲の実感で言うと、大企業の巨大プロジェクトの中で歯車の一つとして働くことに窮屈さを感じていた方ほど、地方DXの規模感にやりがいを見出す傾向があります。自分の一つひとつの判断が、現場の日々の業務に直接反映されていく手応えは、大企業では得にくい種類のやりがいだと言えるでしょう。予算規模の小ささを「小粒な仕事」と捉えるか、「裁量の大きな仕事」と捉えるか。この視点の切り替えができるかどうかが、地方DXでのキャリア満足度を大きく左右すると僕は考えています。
(結論)地方DXは、翻訳の仕事である
誤解がないように申し上げると、地方DXプロジェクトが特別に難しいというわけではありません。ただし、首都圏の大企業のDXとは進め方の作法が違うことを知らずに飛び込むと、想定外の壁にぶつかります。経営層との距離の近さを活かしつつ、現場との温度差を丁寧に埋めていく。この翻訳の仕事ができるPMこそが、地方DX案件で最も求められている人材だと僕は考えています。
よくある質問
Q. 地方DXプロジェクトが頓挫しやすいのはなぜですか?
現場の業務理解が浅いまま外部のPMが理想論を持ち込み、現場の協力を得られないまま計画倒れになるケースが多いためです。現場のキーパーソンを初期段階から巻き込む設計が必要です。
Q. 地方DXプロジェクトのPMに求められるスキルは何ですか?
技術力以上に、現場の業務プロセスを丁寧にヒアリングし、経営層と現場の温度差を埋める調整力が求められます。ITリテラシーに差がある関係者への説明力も重要です。
Q. 地方DX案件は経営層と直接話す機会が多いですか?
多い傾向にあります。中小企業では意思決定者が経営者自身であることが多く、大企業のように多層の承認プロセスを経ずに意思決定が進むため、PMが直接経営層と対話する場面が増えます。
IT人材業界20年、ギークリー創業を経て現職。個人として通算4,200名のキャリア面談を実施してきた経験に基づき監修しています。本文中の年収・難易度等は独自ガイドの目安値であり、個人の経験・企業により変動します。